【この記事のポイント】
- 小栗旬(おぐり・しゅん)さんは小6で内田有紀への憧れからオーディションに応募。子役時代から大河出演などで着実に下積みを重ねた。
- ドラマ『GTO』で注目されるも、10代後半は役者の適性に悩み「仕事を辞めたい」と涙を流すほどの葛藤があった。
- ドラマ『花より男子』の花沢類役は、「お前にできるわけない」という姉のひと言で奮起。原作ファンを納得させ、社会現象を巻き起こした。
- 2007年は『クローズZERO』で新境地を開拓。舞台『カリギュラ』では精神の限界まで役を追求した。
- 10キロ単位の減量をしたり、完璧にセリフを暗記し現場に台本を持ち込んだりしないなど、出演作品への敬意を込めた役作りを徹底している。
- 2023年に事務所社長に就任。自身の苦悩を糧に、若手が夢を持てる制作現場の環境作りや変革に注力している。
俳優・小栗旬の始まりは憧れから:内田有紀と児童劇団の時代
小栗旬(おぐり・しゅん)さんのキャリアは、驚くほど早い時期に幕を開けます。
きっかけは、いたって純粋なものでした。
当時、人気絶頂だった内田有紀(うちだ・ゆき)さんに「会いたい!」という一心で、小学6年生のときにオーディションに応募したのです。
1982年、東京の小平市に生まれた小栗旬さんは、舞台監督の父とバレエ教師の母、そしてのちに演出家となる兄を持つ、いわば〝表現者のサラブレッド〟的な環境で育ちました。
しかし、最初から華々しい主役街道を歩んだわけではありません。
小栗旬さんは、1995年、NHK大河ドラマ『八代将軍 吉宗』でテレビドラマデビューしました。
その後、1996年の『秀吉』でも石田三成の少年期(佐吉)を演じるなど、実は子役時代から〝大河の常連〟でした。
当時はエキストラに近い活動も多く、現場の空気を肌で感じる〝職人の息子〟らしい修行時代だったと言えるでしょう。
小栗旬の10代の光と影:『GTO』での注目と「引退」の予感
小栗旬という名前が全国区のドラマファンに認知されたのは、1998年の大ヒットドラマ『GTO』でした。
反町隆史(そりまち・たかし)さん演じる鬼塚英吉の教え子・吉川のぼる役でした。
現在のワイルドなイメージとは真逆の、いじめられっ子という繊細な役どころを見事に演じ切り、大きな注目を集めました。
しかし、その後の歩みは決して平坦ではありませんでした。
小栗旬18歳の葛藤と〝シベリアの涙〟
小栗旬さんは、2000年には『Summer Snow』で堂本剛(どうもと・つよし)さんの弟役を演じ、聴覚障害を持つ難しい役どころを好演しましたが、本人の心のなかには「自分はこの世界に向いていないのではないか?」という強い疑問が芽生え始めていました。
その葛藤が露(あら)わになったのが、2001年の『世界ウルルン滞在記』への出演です。
シベリアの過酷な環境で漁師の家族と過ごした小栗旬さんは、ホストファミリーに対して「仕事を辞めようと思っている」と涙ながらに吐露しています。
小栗旬さんは、10代にしてプロとしての壁にぶつかり、本気で表舞台を去ることを考えていた時期があったのです。
「平成の花沢類」が誕生するまで:姉の一喝と覚醒
俳優を辞めたいという迷いを断ち切り、小栗旬さんをスターダムへと押し上げたのは、2005年のドラマ『花より男子』(はなよりだんご)でした。
小栗旬さんが演じた「花沢類」(はなざわ・るい)は、クールでミステリアス、それでいて優しさを秘めた王子様キャラクター。
しかし、驚くことに小栗旬さん自身は、この役のオファーを当初、渋っていたといいます。
「お前に花沢類なんてできるわけがない」
小栗旬さんに火をつけた(背中を押した?)のは、原作ファンだった小栗旬さんの実の姉のひと言でした。
身内からの手厳しいひと言が小栗旬さんの負けず嫌いな性格に火をつけ、「やってやろうじゃないか!」という決意に変わったそうです。
結果として、小栗旬さんは〝漫画の実写化〟という極めてハードルの高いジャンルにおいて、原作ファンを納得させるどころか、社会現象を巻き起こすほどの支持を得ました。
この成功が、小栗旬さんの『花ざかりの君たちへ〜イケメン♂パラダイス〜』での爆発的人気へとつながっていったのです。
小栗旬の伝説の2007年:心身を削った〝黄金時代〟
小栗旬さんのキャリアにおいて、2007年は〝もっとも美しく、もっとも過酷な1年〟でした。
この年、小栗旬さんは文字通り休む間もなく、あらゆるメディアを席巻しました。
- ドラマ:『花より男子2』『花ざかりの君たちへ』
- 映画:『クローズZERO、『キサラギ』
- 舞台:『カリギュラ』(蜷川幸雄演出)
- ラジオ:『オールナイトニッポン』パーソナリティ開始
- ドキュメンタリー:『情熱大陸』(史上初の2週連続放送)
『クローズZERO』と〝強い役〟への転換
それまでの〝繊細な美青年〟という世間のイメージを根底から覆(くつがえ)したのが、映画『クローズZERO』での滝谷源治(たきや・げんじ)役でした。
滝谷源治とは、鈴蘭高校の頂点を目指す、泥臭くも圧倒的なカリスマ性を持つ不良です。
滝谷源治役との出会いが、小栗旬さんの役者としての幅を一気に広げ、〝男が憧れる俳優〟としての地位を確立させました。
小栗旬が精神の限界に挑んだ『カリギュラ』
一方で、舞台『カリギュラ』での主演は、小栗旬さんを精神的な限界まで追い込みました。
鬼才・蜷川幸雄(にながわ・ゆきお)の厳しい要求に応え、膨大なセリフと格闘する日々を送りました。
暴君を演じるあまり、毎晩「自分を刺す夢」を見るほど追い詰められていたといいます。
この時期の凄まじい熱量と疲弊は、当時の『情熱大陸』にも生々しく記録されており、小栗旬さん自身、今でも自分を奮い立たせるためにその映像を見返すことがあるそうです。
小栗旬のストイックな職人魂:漫画実写化の覇者として
小栗旬さんを語るうえで欠かせないのが、原作への深い敬意に基づいた役作りです。
小栗旬さんはたんに容姿を似せるだけでなく、そのキャラクターが〝どのような体つきで、どのような呼吸をしているか〟を徹底的に追求します。
たとえば、『ルパン三世』(2014)では10ヵ月に及ぶトレーニングと8キロの減量に取り組み、『銀魂』(2017)ではコメディとシリアスを共存させる圧倒的な演技力を見せ、『人間失格 太宰治と3人の女たち』(2019)では太宰治(だざい・おさむ)を演じるため10キロ以上の減量に取り組みました。
現場には台本を持ち込まず、すべてのセリフを完璧に身体に染み込ませてから撮影に臨むのが、小栗旬さんのスタイルです。
このストイックさは、若い頃に味わった挫折や、蜷川幸雄という巨星に揉まれた経験から培われた〝俳優としての誠実さ〟が源泉になっています。
小栗旬が次世代へつなぐバトン
小栗旬さんは、若い頃から俳優仲間と熱い演技論を交わし、時には衝突も厭(いと)わなかったといいます。
かつては〝自分1人がどう生きるか?〟に必死だった小栗旬さんは、30代を経て、次第に〝業界全体をどう変えるか?〟という視点を持つようになります。
2023年に所属事務所の社長に就任した背景には、「若い表現者たちが夢を持って働き続けられる環境をつくりたい」という切実な願いがあります。
小栗旬さん自身がかつて「辞めたい」と悩んだ経験があるからこそ、制作現場の待遇改善や、クリエイターの権利を守ることに情熱を注いでいるのだと思います。
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