黒田官兵衛の名言に学ぶ!現代の組織や人材育成に活きる軍師の教えとは?

黒田官兵衛 大名/武士

戦国時代(せんごくじだい)に天下を狙えたもう一人の男!

それが豊臣秀吉(とよとみ・ひでよし)の参謀(さんぼう)として名をはせた軍師、黒田官兵衛(くろだ・かんべえ)です。

黒田官兵衛は黒田孝高(くろだ・よしたか)といい、晩年には如水(じょすい)と号(ごう)しました。

またキリスト教の洗礼名(せんれいめい)はシメオンであり、時代や立場によって呼び名が変わる人物でもあります。

黒田官兵衛の言葉は戦の知恵にとどまらず、人の扱い方や組織のあり方まで踏み込んだものが多く、現代でも通じる内容が少なくありません。

この記事では、黒田官兵衛の名言を取り上げ、その背景と意味を考えてみます。

水五訓

「水五訓」(すいごくん)とは、水の性質を五つに分けて人の生き方を説いた教えです。

① 自ら活動して他を動かしむるは水なり
② 常に己の進路を求めてやまざるは水なり
③ 障害にあえばその勢力を百倍するは水なり
④ 自ら潔くして他の汚れを洗い清濁あわせ容るる量あるは水なり
⑤ 洋々として大海を充たし発しては蒸気となり雲となり雨雪と変じ霰(あられ)と化す

「水五訓」は、黒田官兵衛本人の直筆史料(じきひつしりょう)が見つかっているわけではなく、後世に彼の生き方を表すものとしてまとめられたという説が有力です。

如水となった黒田官兵衛が、子の黒田長政(くろだ・ながまさ)や家臣たちに語った教えです。

水の性質になぞらえ、人の理想のあり方を説いたものとして知られています。

黒田官兵衛は、柔軟さと強さを併せ持つ水の姿に理想の人物像を重ねました。

日本酒の銘柄、上善如水(じょうぜんみずのごとし)でも有名な「如水」の意味をあらためて知りました。

柔軟な考え方と行動力は、現代でも大切だと思います。

天下に最も多きは人なり。最も少なきも人なり。

この言葉は、豊臣政権下で九州の統治(とうち)に関わっていた頃、家臣や子の黒田長政に対して語った言葉です。

人材こそが最も重要であり、同時に最も得難い存在であることを示しています。

世の中には人は多くいるように見えます。

しかし、本当に信頼できる人材は決して多くありません。

戦国時代は兵の数や領土の広さが重視されましたが、黒田官兵衛はそれ以上に人材の価値を理解していました。

人材を見つけ出すのが大事なのは、現代ならなおさらで、人を見る目を持つことの重要性を感じます。

まず自分の行状を正しくし、理非賞罰をはっきりさせていれば、叱ったりおどしたりしなくても、自然に威は備わる。

これは晩年、黒田家の家臣団に対して語った統治の心得と伝えられています。

威厳とは恐怖ではなく、正しい行いから生まれるものだという教えです。

「理非賞罰」(りひしょうばつ)とは、正しいか間違いかをはっきりさせ、厳格な信賞必罰の姿勢を表します。

上に立つ人間が怒鳴ったり威圧したりしても、人は心から従うわけではありません。

しかし、指導者が正しく振る舞い、賞罰を公平にすれば、自然と信頼が生まれます。

黒田官兵衛は人を評価することが得意でした。

天下人を支えた軍師として知られるだけに、人を見る力の確かさがよく分かります。

まさに現代に活かせる言葉だと感じます。

その職にふさわしくない者を処分する前に、その者を選んだ主の責任を考えよ。

あるとき、息子の黒田長政が、成果を出せなかった部下に対して怒っていました。

それを見た黒田官兵衛が、わが子に語った言葉だと伝えられています。

部下の失敗は任命した側の責任でもあるという厳しい自省を促した言葉です。

黒田家の家訓(かくん)や逸話(いつわ)をまとめた『黒田家譜』(くろだかふ)などに見られます。

黒田官兵衛には、現代のビジネス社会にピッタリの言葉が多いのですが、この言葉はその頂点と言っていいと思います。

中間管理職が、仕事が進まないのを部下の責任にするのを戒(いまし)める言葉です。

〝報・連・相〟(報告・連絡・相談)ばっかりさせたがる現代の中間管理職に対して、部下たちがどのように感じているかを理解し、社長が諭した場面が思い浮かびます。

上司の弱点を指摘してはならない。

組織の秩序を守るためには立場をわきまえることです。

これも、息子の黒田長政に向けた言葉です。

黒田長政は、父親から説教ばっかりされているように見えますが、実際は黒田五十二万石の礎(いしずえ)を築いた素晴らしい人物で、人格者でもあった武将です。

よく考えると親子の対話がこれほど残っている戦国武将もそれほど多くはありません。

関ヶ原の戦いのあとに、捕縛(ほばく)され晒(さら)されている石田三成(いしだ・みつなり)に対して、黒田長政が自分の羽織(はおり)をかけてあげたエピソードは有名ですね。

父の教訓を自分のものにして、それを実行する黒田長政の姿勢こそ、見習うべきかと思います。

主のために追腹(おいばら)を切るほどつまらぬことはない。必ず殉死(じゅんし)を禁ぜよ。

自分が死んでも、あとを追って殉死(じゅんし)してはいけないという考えを示しています。

追腹(おいばら)とは主君が亡くなった際に、あとを追って切腹することです。

黒田官兵衛は 1604年3月、京都の伏見屋敷で亡くなりましたが、その間際に、息子の黒田長政に遺言として語ったとされています。

1598年に豊臣秀吉が病死し、1600年に関ヶ原の戦いがありました。

多くの人材が失われています。

自分が亡くなることが原因で、命が失われることを禁じた言葉です。

そういえば、黒田官兵衛の主君だった豊臣秀吉も伏見で亡くなっているため、二人の因縁を感じずにはいられません。

最後の勝ちを得るにはどうしたらいいかを考えよ。

これも黒田長政への遺言と伝えられています。

「目先の小さな勝利に一喜一憂せず、物事の結末において最後に勝つためにはどうすべきかを常に考えよ」という教えですね。

黒田長政は関ヶ原の戦いで大活躍をし、その後も徳川家康(とくがわ・いえやす)の配下として実績を上げ続けます。

最終的には大大名として、家を存続させます。

偉大なる父を持ちましたが、その父を超える最後の勝利を得たのかもしれません。

いわば黒田官兵衛の教えを、忠実に守ったとも言えます。

おまえは部下を夏の火鉢やひでりの雨傘にしている。

部下を役に立たない存在にしてはいけないという戒めです。

この言葉も、黒田官兵衛が息子の黒田長政に語った言葉で、叱責(しっせき)と言ってもいいでしょう。

前段で、黒田長政を褒(ほ)めましたが、やっぱり親の目から見ると至らないところが目立つのでしょうね。

人材活用の難しさと重要性を表す言葉ですが、年配者が若い者に対して抱く、優しさや思いも伝わってきます。

ユーモアを交えて語ることによって、黒田官兵衛の親としての温かみも感じられる言葉です。

戦いは考えすぎては勝機を逸する。

決断の速さが勝敗を分けるという意味の言葉です。

黒田長政に語った話が続きます。

直感とスピード感が戦いには大切だということは、現代のビジネス論でも盛んに言われています。

面白いのは、この言葉の発言者が戦国時代随一の頭脳派である黒田官兵衛というところです。

しかも、この言葉はたんなる理論にとどまらず、天下人メーカーの実績が裏づけしている言葉です。

本能寺の変による、織田信長(おだ・のぶなが)の訃報(ふほう)から中国大返しに至るまでの、豊臣秀吉の行動が思い出される言葉ですね。

私一人の注意では家来に届くまい。悪いことがあれば遠慮なく知らせよ。

黒田官兵衛のこの言葉は、組織は一人では動かせないという前提に立っています。

経営者に直接、意見を言える社員は少ないのですが、不満はなおさら言えません。

誰に言うかと言えば、身近にいる先輩などです。

つまり、現場に近い位置に〝話が通る人〟がいると、悪い情報も上がり、逆にトップの意図も現場に落ちていきます。

黒田官兵衛はそれを「遠慮なく知らせよ」の一言で仕組みにしています。

理想論ではなく、情報の流れをどう作るかという実務の話として、400年以上前の組織論が、現代にも通じることを表した言葉ですね。

武芸に凝って一人働くことを好むのは「匹夫の勇」である。

リーダーとしてのあり方を説明した黒田長政への戒めです。

「匹夫の勇」(ひっぷのゆう)とは、〝器が小さい人間の、ただ血気にはやるだけの勇気〟のことです。

黒田官兵衛が39歳、黒田長政は17歳の戦で、一兵卒としての手柄を喜ぶ息子に諭しました。

真のリーダーとは、自分1人の力で戦うのではなく、多くの部下や周囲の人間を動かして大きな目的を成し遂げるべきであるという教えです。

5年前に有岡城(ありおかじょう)に1年ほど幽閉されてから復活した黒田官兵衛は、それでも大将として活躍しています。

リーダーは武力ばかりを重視してはいけないと言い聞かせます。

名軍師としての考え方がよく分かるエピソードだと感じました。

黒田官兵衛の名言にはわが子への愛情がぎっしり詰まっている!

黒田官兵衛の名言として伝えられている言葉は、ほとんどが息子・黒田長政への言葉です。

自分は有岡城に幽閉されたのに、寝返ったと勘違いした織田信長は人質の黒田長政を殺すように命令しました。

それを〝すんでのところ〟で親友の竹中半兵衛(たけなか・はんべえ)が助けてくれます。

命拾いした息子への愛情に、竹中半兵衛への感謝の気持ちを重ねる黒田官兵衛がいたとしても不思議ではありません。

戦国の二兵衛(にへえ)である竹中半兵衛と黒田官兵衛の思いが込められた名言集であるからこそ、現代でも通じる言葉ばかりなのでしょう。

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