倉悠貴(くら・ゆうき)さんは、注目の若手実力派俳優として、映画やドラマでの存在感が際立ってきています。
透明感のあるルックスと、どこか危うさを孕(はら)んだ繊細な演技力で多くのファンを魅了していますが、倉悠貴さんは芸能界では珍しい〝異色の学歴〟を持っていることをご存知でしょうか?
この記事では、倉悠貴さんの知られざる学生時代から、俳優デビューのきっかけとなった運命的な出来事、そして倉悠貴さんの魅力を語るうえで欠かせない代表作までを徹底的に解説していきます^^
倉悠貴の学歴:大阪で過ごした少年時代から高専という異色の道へ
倉悠貴さんのルックスからは、どこか都会的で洗練された印象を受けますが、ルーツは大阪にあります。
倉悠貴さんの歩んできた道のりを、小学校時代から順を追って振り返ってみましょう。
倉悠貴の小学校時代:控えめで空想好きな少年
倉悠貴さんの出身小学校については公式に発表されていませんが、のちの出身中学校の校区から推測すると、大阪市鶴見区内の公立小学校(茨田小学校、茨田北小学校、茨田西小学校、茨田南小学校など)に通っていた可能性が高いと考えられます。
当時の倉悠貴さんは、現在演じている役柄のイメージにも通じるような〝人見知りが激しい子ども〟だったといいます。
自分から積極的に前に出るタイプではなく、1人で漫画を読んだりアニメを観たり、あるいは空想にふけったりする時間を好む、物静かな少年でした。
この時期に培(つちか)われた豊かな感受性が、のちの表現力につながっているのかもしれません。
倉悠貴の中学校時代:大阪市立茨田中学校での部活動と転機
中学校は、地元の大阪市立茨田(まった)中学校に進学しました。
中学時代の倉悠貴さんは、部活動に励むごくふつうの男子中学生でした。
所属していたのは軟式野球部。
チームメイトとともに汗を流す日々を送っていましたが、倉悠貴さんは当時を振り返り、「目立ちすぎず、かといって静かすぎないグループにいた」と語っています。
しかし、中学2年生のときに大きな転機が訪れます。
定期テストの結果が振るわなかったことに危機感を覚え、「このままではいけない」と一念発起。
大好きだった軟式野球部を退部し、学業に専念するために塾に通い始めたのです。
このときの決断が、のちに倉悠貴さんを〝理系のエリート〟が集まる学校へ導くことになります。
倉悠貴の高校(高専)時代:偏差値64の難関・大阪府立大学工業高等専門学校
中学時代の努力が実を結び、倉悠貴さんが進学先に選んだのは、大阪府立大学工業高等専門学校(現在の大阪公立大学工業高等専門学校)でした。
ここは通称「府大高専」と呼ばれる5年制の学校で、偏差値は64前後と高く、近畿圏でも有数の理系難関校として知られています。
ふつうの高校が3年間であるのに対し、高専は5年間かけて専門的な技術や知識を習得する学校です。
倉悠貴さんはここで、エンジニアを目指して専門科目の学習や実習に励(はげ)みました。
高専には当時、「機械システム」「メカトロニクス」「電子情報」「環境物質化学」「都市環境」の5つのコースがありましたが(現在は4コース)、倉悠貴さんがどのコースを専攻していたかはわかっていません。
しかし、理論と実践を重んじる高専での5年間で、論理的な思考力や1つの物事に深く打ち込む集中力を身につけたことは間違いないでしょう。
俳優として役を深く掘り下げる姿勢は、こうした教育環境によるところが大きいのかもしれません。
〝私服通学〟が変えた運命:古着屋でのアルバイト
倉悠貴さんの運命を大きく変えたのは、高専の〝校則の自由さ〟でした。
多くの高専では私服通学が認められており、倉悠貴さんもまたファッションに強い関心を持つようになります。
「おしゃれなほうがモテる」という純粋な動機から始まったファッションへの興味は、やがて古着の世界へと傾倒していきました。
大阪のアメリカ村(アメ村)にある「サントニブンノイチ」は個性的なスタッフが集まる人気の古着屋ですが、倉悠貴さんはこの店に客として通ううちに、その魅力に惹かれ、ここでアルバイトを始めます。
このアルバイトこそが、倉悠貴さんを芸能界へ導く入口となったのです。
倉悠貴は大学へ進学せず、俳優の道へ
高専を卒業する2020年、倉悠貴さんは大学への編入学や企業への就職を選ばず、上京して俳優としての活動を本格化させる道を選びました。
もともとはエンジニアとして就職するつもりで入学した高専でしたが、在学中にスカウトされ、演技の面白さに目覚めたことで、人生の舵を大きく切ったのです。
高専卒という「準学士」の資格を持ちながら、まったく異なる表現の世界へ飛び込んだ倉悠貴さんの決断には、周囲の友人の後押しもありました。
「誰にでもできる仕事じゃないんだから、やってみるべきだ」という言葉が、倉悠貴さんの背中を押したといいます。
まとめ:倉悠貴のこれから
大阪の普通の少年から、偏差値の高い高専生へ。
そして、アメ村の古着屋での出会いから、若手俳優を代表する実力派へ。
倉悠貴さんの学歴と経歴は、偶然と必然が複雑にからみ合い、ドラマチックなものとなっています。
「エンジニアを目指していた」という過去の自分を否定することなく、その経験を糧(かて)にして新しい役へと挑み続ける倉悠貴さんの姿は、多くの若者に勇気を与えています。
高専を卒業して上京した2020年から数年、倉悠貴さんは日本の映画界やドラマ界に欠かせないピースとなりつつあります。
今後、倉悠貴さんがどのような新しい顔を見せてくれるのか。
30代、40代と年齢を重ねるごとに、その深みはさらに増していくことでしょう。
倉悠貴という役者から、今後も目が離せません。
倉悠貴の関連情報まとめ
学歴 大阪市立茨田中学校 → 大阪府立大学工業高等専門学校(卒)
デビュー 2019年
代表作 『おちょやん』『市子』『うみべの女の子』『OUT』など
所属事務所 ソニー・ミュージックアーティスツ
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