【この記事のポイント】
- 山谷花純(やまや・かすみ)さんは、実直なプロの板前である父親から食への姿勢や職人気質を学んだ
- 東日本大震災のあと、仙台に残り経済的に家族を支え続けた父親の姿が山谷花純さんの自立心を育んだ
- 「苦労を人に言うな」という父親の教えは座右の銘となり、徹底した役作りに活きている
- ドラマで共演した高橋ジョージさんとは、芸能界の父娘のような深い絆で結ばれている
- 学業と多忙な仕事を両立した学生時代を経て、数々の話題作に出演し活躍している
山谷花純を形作った〝板前の父親〟
女優・山谷花純(やまや・かすみ)さんの芯(しん)の強さを語るうえで切っても切り離せないのが、父親の存在です。
宮城県仙台市出身の山谷花純さんが、過酷な芸能界で覚悟を持って生き抜くことができている背景には、職人として実直に生きてきた父親の影響が色濃く反映されています。
山谷花純さんの父親は、地元・仙台の象徴とも言える牛タン専門店「利久」などで腕を振るってきたプロの板前です。
娘に料理に親しませるため、包丁を持たせて育てるような厳格さがあったようです。
そんな父親は、幼少期の山谷花純さんにとって、職人としての矜持(きょうじ)を持つ憧れの対象でした。
山谷花純は父親から〝魚をきれいに食べる〟ことを教えられた
山谷花純さんが板前の娘として、幼い頃から食に対する姿勢を厳しく仕込まれたエピソードは有名です。
特に父親から徹底されたのが〝魚を綺麗に食べる〟ということでした。
「食べ方にはその人の育ちや心根(こころね)が出る」という父親の無言の教えは、大人になった今の山谷花純さんのなかにしっかりと息づいています。
Twitter(現在はX)では、休日に父親といっしょに刺身をつくったという微笑ましい投稿も見られ、プロの技術を娘に伝える父親と、それを吸収しようとする娘の深い信頼関係がうかがえます。
山谷花純は震災を乗り越えようと自立心を育む。父親は地元に残る
2011年、東日本大震災が発生した際、山谷花純さんは地元の仙台で高校生活を送っていました。
この未曾有(みぞう)の大災害は、山谷家の形を大きく変えることになります。
震災の影響や今後の活動を見据え、母と妹は東京へ移住。
一方、父親は家族の支えとなるために、仙台に残って仕事を続ける道を選びました。
家族と遠く離れてしまっても、その家族の経済的支柱として黙々と働く父の姿は、山谷花純さんに「自分も甘えてはいられない」という強い自立心を育むきっかけとなったことは間違いないでしょう。
| 父親 | 板前 | 自由でマイペースだが、仕事には人一倍厳しい職人 |
| 母親 | 花純さんの最大の理解者 | 20歳で花純さんを出産。姉妹のような関係で、名づけ親 |
| 妹 | 良き相談相手 | 3歳年下。演技に対して鋭い指摘をする批評家の一面も |
山谷花純が父親から贈られた一生モノの言葉とは?
山谷花純さんが22歳のとき、父親から贈られた言葉が座右の銘となっているといいます。
苦労をしろ。だけど、死んでも苦労を苦労と人に言うな。
この言葉は、まさに職人として泥臭く生きてきた山谷花純さんの父親だからこその重みがあります。
山谷花純さんはブログで「唯一響いた言葉」と語っており、つらい役作りやオーディションに直面したとき、この言葉を胸に踏ん張ってきたといいます。
山谷花純は父親と父の日に久しぶりに再会し、涙
山谷花純さんはある年の父の日に、ブログに投稿した記事のなかで、久しぶりに再会した父の姿を見て、思わず涙が止まらなくなったことを吐露しています。
その記事の行間には、ふだん言うことができない「ごめんね」や「ありがとう」の気持ちが詰まっているように感じられました。
また、「似たくないところが父とそっくりで困る」と語ったことがありますが、そう笑いながら語る言葉の端々には、自由奔放で、けれど誰よりも自分に〝生きる強さ〟を教えてくれた父親への深い愛があふれているように感じられました。
山谷花純の女優魂に火をつけた父親譲りの職人気質
山谷花純さんといえば、映画『劇場版 コード・ブルー』(2018年)の役作りのために丸刈りにしたことが衝撃を呼び、今も語り継がれています。
山谷花純さんは、末期がん患者という難役を演じるにあたり、「ウィッグではなく、自分の髪を剃りたい」とみずから志願しました。
楽屋でバリカンを使い、みずからの手で髪を落としていく姿は、まさに職人である父親のような潔(いさぎよ)さでした。
ちなみに、山谷花純さんは女優業のかたわら、恵比寿の居酒屋でホールスタッフとしてアルバイトを継続しているという情報があります。
アルバイトの目的は芸能界以外の〝普通の世界〟を知り、俳優という仕事に人としての深みを持たせるためなのだとか。
今の状況に甘んじることなく、常に成長しつづけようとする姿勢は、やはり父親譲りの職人気質なのかもしれませんね。
山谷花純の〝もう1人の父親〟高橋ジョージとの関係は?
ネット上で「山谷花純 父」というキーワードで検索すると、歌手の高橋ジョージさんの名前が表示されることがあります。
これは、2011年のドラマ『IS(アイエス)〜男でも女でもない性〜』(テレビ東京系)での共演がきっかけです。
高橋ジョージさんはドラマのなかで山谷花純さんの父親を演じ、撮影終了後も山谷花純さんを実の娘のように可愛がっているそうです。
たとえば、山谷花純さんがマドリード国際映画祭で主演女優賞を受賞したとき、高橋ジョージさんがお祝いの席を設け、SNSで「俺の娘」と紹介したことは有名です。
また、山谷花純さんも高橋ジョージさんを「大好きな家族」と呼び、遠慮なく末っ子として甘えられる大切な存在だと言っています。
山谷花純さんは、実の父親と芸能界での父という〝2人の父親〟に支えられているんですね^^
山谷花純の結婚・熱愛の噂をひも解く
現在、山谷花純さんは独身です。
しかし、女優としてのリアリティある演技が災い(?)してか、いくつかの結婚・熱愛説が浮上したことがあります。
新田真剣佑との結婚説
新田真剣佑(あらた・まっけんゆう)さんとの結婚説は、映画『劇場版 コード・ブルー』で、2人が結婚を控えたカップル役を演じたことが発端です。
あまりにも切なく、美しい演技だったため、現実と混同したファンが多かったようです。
高橋ジョージとの交際説
前述のお祝いの席での仲睦まじい会食写真が流出した際、「年の差カップルか?」と勘違いされましたが、あくまで〝擬似親子〟としての深い信頼関係であり、恋愛関係ではないと思われます。
山谷花純さん自身、インタビューでは「今は仕事が恋人」というニュアンスの発言が多く、父から教わった「苦労を厭(いと)わない精神」で役者道に邁進している真っ最中のようです。
山谷花純の学生時代は?
ところで、山谷花純さんの学歴を振り返ると、彼女の根性がどこで育まれたかが見えてきます。
山谷花純の中学時代
出身中学は仙台市立幸町中学校と言われていますが、この時期の山谷花純さんは仕事と学業の両立に悩み、学校で居場所を見失う時期でもありました。
そこへ追い打ちをかけるように、東日本大震災を経験。
一度は芸能活動が途絶えかけましたが、それをつなぎ止めたのは家族でした。
山谷花純の高校時代
高校は、元プロ野球選手のダルビッシュ有さんやフィギュアスケートの金メダリスト・羽生結弦(はにゅう・ゆずる)さんなど、数多くのトップアスリートを輩出してきた東北高校へ進学しました。
芸能活動に理解がある学校を選んだとはいえ、平日は仙台で授業を受け、週末は新幹線で東京へ仕事に向かうハードスケジュールを3年間完遂。
この時期に『あまちゃん』や『手裏剣戦隊ニンニンジャー』の出演が決まり、山谷花純さんのキャリアは一気に加速しました。
山谷花純のプロフィールと経歴
| 生年月日 | 1996年12月26日 |
| 出身地 | 宮城県仙台市 |
| 身長 | 162cm |
| 血液型 | O型 |
| デビュー作 | ドラマ『CHANGE』(2008年) |
| 受賞歴 | マドリード国際映画祭 最優秀外国語映画主演女優賞 |
キャリアのハイライト
| 2008年 | 木村拓哉主演『CHANGE』で子役デビュー |
| 2011年 | 朝ドラ『おひさま』初出演 |
| 2015年 | 『手裏剣戦隊ニンニンジャー』モモニンジャー役でブレイク |
| 2018年 | 『劇場版コード・ブルー』で丸刈り演技が絶賛される |
| 2022年 | ドラマ『silent』に出演。大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で「せつ」役を好演 |
| 2023年 | 朝ドラ『らんまん』に出演 |
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